2012年6月 3日 (日)

気づけば半年も更新していないわけで

 あっという間に半年経ってしまいました。

 最後の更新が11月。ちょうど洪水のクライマックスの頃。で、私的には退職秒読みだった頃。

 あれから、何となく書く気がしなくてだらだらしていたら、半年経ってしまいました。

 で、インターネットとは無縁かというとそんなことはなくて、もっとのめり込んでいて、引きこもり状態に近いかもしれません。

 とりあえず、前から入るだけ入っていたツイッターを使い始めました。160字以内の文書ばかり書くクセをつけてしまい、ブログを書く知力も体力も失っていきました。つぶやきでいい方は、
@TMiyamoto1970
でお探し下さいませ。

 ブログにつぶやきをまとめている人もいて、これはこれでつぶやきを消え去るままにしないから有効かな、とも思っています。ただ、二度手間なのでめんどくさいですね。

 まあ、ぼちぼちと書き始めることにします。

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2011年11月 9日 (水)

バンコク洪水マップ、防衛戦

 洪水マップを作った方がいらっしゃいます。更新もされるとか。感謝です。人に説明しやすい。
 http://flood.namjai.cc/e62559.html

 私の家は、「パヤタイ駅」にあります。

 さて、パヤタイ駅と洪水との関係を。これが遠いのか遠くないのか。

 うちの辺りは今のところ、水は北から来ています。北の水は、BTSモーチット駅を少し南下したところで3日ほど停滞中。

 バンコクポストにデフォルメされた地図があります。
327826

 北から来る水に対して、東西に延びる3本の運河(Khlong)。今、第1線のバンスー運河にポンプを投入して必死に水を川の方へと追い出しています。この辺、うちから4.5キロぐらいでしょうか。ビッグ・バッグと呼ばれる巨大土嚢をもっと上の方に置いたり、ドンムアン空港に水を蓄えたりしていることから、今のところこれで動きが遅くなっているのでしょう。

 ここを突破されると次の防衛線は、サムセン運河。サムセン運河が突破されると、戦勝記念塔(ビクトリー・モニュメント)に到達。ここは市内・郊外・中距離の交通の要衝で、ここが落ちてしまうと、都市機能としてはかなり厳しくなります。

 私の家は、このポイントから1キロほど。ここまでで、どれくらい水が外に追い出されたかで、私の家の周囲の浸かり具合が決まります。

 サイアムやスクンビットといった商業中心地・日本人街は第3線のセンセーブ運河の南。今のところ、センセーブ運河ボートは動いているようです。ただ、東側から直接運河に水が大量に流れ込むようだと、第2線を飛び越して水があふれるのかもしれません。こればかりは予想つきません。

 もちろん、運河だけではなくて、部分的には地下を通して排水するシステムもあるとのことなので、それらを総合してどれだけ粘れるか。粘って、被害をどれだけ減らせるか(粘る=すでに浸かった人たちの被害が回復しないというのもあるのですが。。。。)がポイントです。

 地下を通して水は浸透しているから、洪水ではなくて、いきなり下水から吹き出す、という人もいます。それはやだな。ゴム長靴が飛ぶように売れています。

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2011年11月 5日 (土)

これはタイの話でしょうか?

(引用開始)
 表口の柱へヅウンヅシリと力強く物の障った音がする。
   (略)
前に表(オモテ)の柱へ響きをさしたのは、郵便配達の舟が触れた音でありしことが解った。
 郵便の小舟は今我が家を去って、予に其(ソノ)後背(ウシロ)を見せつつ東に向って漕いで居る。屈折した直線の赤筋をかいた小旗を舷に挿んで、船頭らしい男と配達夫と二人、漁船やら田舟やら一寸判らぬ古ぶねを漕いで居る。水はどろりとして薄黒く、浮苔のヤリが流れる方向もなく点々と青みが散らばって丁度溜り水のような濁水の上を、元気なくゆらりゆらりと漕いでゆくのである。(後略・引用終わり)

 今週のいつだったか、テレビで郵便配達がせっせと船で郵便を配っているのを見て、この一節を思い出しました。

 これは、明治40年(1907年)11月に発表された伊藤左千夫の『水籠』(みずごもり)。岩波文庫で、野菊の墓と一緒に所収されています。わずか7ページの短編ですが、洪水に見舞われた千葉東葛地方に住む一家の、午後の一時が、丁寧に記述されています。

 いまでこそ、ゲリラ豪雨とかが話題になり、いかにも水害が特別なように語られますが、江戸時代から、戦後の途中まで、江戸→東京と時は流れても、常に人々は水と闘っていました。川を付け替え、遊水池を設け、堤防を築きと、不断の努力を何百年と続けてきているわけです。
 地下に雨水を溜める、巨大な宮殿のような施設を設けているのも有名な話です。これができた辺りから、水害が急速に他人事になってきた感があります。

 それはさておき、水籠。改めて読むと、記述が大変興味深い。へその深さまでの濁り水、4畳ほどのスペースに固まる一家6人。水が一寸五分引いたの引かないのと言う家族の会話。庭に迷い込んだウナギを捕まえようとして失敗する様。引き潮で水が本格的に引きはじめるのではないかという主人と客との会話。客は、2食分のご飯と水を持ってきてくれていた……。

 大変な状況のようであって、間にかわいい幼子の描写を挟むことで、伊藤は「愉快」と表現しています。主人公はランプの明かりの下、夕飯にビールまで出させているのです。

 これを読むと、タイ人は楽天的で、日本人は勤勉、というステレオタイプはどこまで正しいのだろうか、と思わされます。何かが「日本人は勤勉で素晴らしい」という無責任なキャンペーンに駆り立てているように思います。ぜひ一度読んでみてください。ネットで読めます。

http://pddlib.v.wol.ne.jp/literature/sachio/mizugomori.txt 

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2011年10月26日 (水)

来週のバンコク?

 結構あちこち出回っている動画なのですが。

 1942年。第二次大戦も欧州戦線は曲がり角の時期ですね。今も多くの町並みがそのまま残っているのに驚かされます。

 実は思ったよりも水深は浅い。船で動いているけれど、わきを歩いている人を見ると、せいぜい40センチぐらい(十分深いですが)。

 今よりも人も少ないし、ゴミ・下水・化学物質も少なかったでしょうから、まだよかったかもしれません。画像では匂いが伝わらないので、何とも言えませんが。

 しかし、楽しそうですね。

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大使館よ。。。(3)

 大使館のニュースが日本語訳を付けるようになりました。

 おせえよ、と思うか、一歩前進と思うかは、その人の置かれた状況や、日頃の大使館との関係によっても違うでしょう。野次馬的に「遅い」と難じたがる人もいるかもしれません。

 いずれにしても、大使館が夜中に首相演説の日本語要約をメールとツイッターで流したのは進歩かと。

 次は、日本語情報の窓口になるべく、いろんなところの情報を連携させてほしいですね。その延長上に、感染症対策や病院情報など。できることをしてほしいと思います。

 自己責任という言葉が流行りますが、自己責任は、ちゃんとした情報があってはじめて果たせるものです。大使館にはもう一踏ん張りしていただきたいモノです。洪水はまだまだ時間がかかるようですから、チャンスはまだある。

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2011年10月24日 (月)

大使館よ。。。(2)

 別に自分の念が通じたとは思いませんが、在タイ日本大使館がツイッターを始めました(@JapanEmb_Thai)。

 しかし、、、

「リツイートや返信は行えませんのでご了承下さい。」

 あの? それって、、、ホームページとどう違うのでしょうか?

 内容も大使館が出すメールの更新案内。今日になって、一つ記事がありました。海外邦人安全対策連絡協議会の開催。そこで何が語られたかとか、どういう情報が共有されたかについては何もなし。ただ、会議室の写真がそこに。あと、ハーシュタグを付けないので、きっと大勢が見に来ているであろうところ(たとえば、「#タイ洪水情報」)に存在を知らしめることができません。前回紹介した、アメリカ大使館のツイッターとは雲泥の差があるといわざるを得ません。

 あと、なぜ、JETROへのリンクとかがないのでしょう。タイでは洪水対策を巡る与党と野党の確執、軍と政権との溝が言われていますが、日本も全く連携が悪いですね。日本語の情報ならここを見ろ、ぐらいのことを目指しても罰は当たらないと思います。

 

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休日を過ごす

 タイは、月曜日の振り替え休日を含め、3連休です。
 日本の報道をネットで見ると、もう、水に埋もれて声も出せないかのような錯覚が起こりますが、実際には、バンコク中心部は気持ちのよい快晴です。水もまだ来ていません。

 もちろん、水は近くまで来ているし、予断は許さないのですが、だからといって、日本の洪水のようにどどどと押し寄せるというモノでもなさそう。高低差がないせいでしょうか。

 土曜日は、お昼を食べに、相方と隣のアパート1階にある食堂へ。お腹が空いたので、2杯食べ、相方の証明写真を撮りにフォトショップへ。

 フォトショップのあるペッブリー通りのソイ5入り口付近は、一応バンコク都の言う危ないところらしく、仮設?のブロック塀(高さ3~40センチほど)と土嚢で入り口がふさがれていました。乗り越えて入って、証明写真をぱちり。面白かったのは背景や服がすべて修正されていたこと。顔も思いのままでしょうから、証明写真の意味はどこにあるのか分からなくなってきます。

 そのあと、ペッブリー通りを渡って、センセーブ運河近くの同僚の家へ。この辺はあふれたら確実に水浸しだろうなと思いながら歩きました。やはり、家の前(家でテーラーをやっています)はブロック塀。アポなしだったので、どこかに出かけていたようです。妹さんが電話をしてくれたのですが、出ませんでした。

 すぐにあきらめ、相方と、このまま帰宅するのはもったいないから、とMBKの方へてくてく。MBKだと月並みなので、ラマ1世通り向かいのバンコクアート・カルチュラルセンターに入ってみると、ドラマの主題歌を歌っている歌手が(知らないです。ごめんなさい)歌っていて、洪水被災者支援イベントの真っ最中。2,3曲聞いたあと、上の階でやっている1911年トリノ万博のシャム王国出展にまつわる企画を見学。

 知らなかったのですが、チュラロンコン王のころにイタリアとかなり深い繋がりがあり、建築家を多く招聘したとのこと。言われてみれば、王宮もフアランポーン駅も。そういうのに普段注意を向けなかった自分がちと恥ずかしい。日本と同じく、パリ万博からシャム王国はデビューしているようです。説明書きには、アジアからは中国(清)、日本、シャムの3カ国が出ていたとか。

 そのあと、地下の図書館に。相方が1時間本に集中したいというので、自分も適当に英語の本を見繕いました。メリル・リンチの書いたWealth: How the World's High-Net-Worth Grow, Sustain, and Manage Their Fortunesをチョイス。長いので、目次をぱらっと見て、フィランソロピーの項を読みました。フィランソロピーにはVenture PhilanthropyとGiving while livingの2つの傾向があるんだそうです。前者の例にグラミン銀行のマイクロクレジット、後者の例にビル・ゲイツ財団のHIV/AIDSへの取り組み。そうか、お金を出す側から見ると、そういう区別なんだね。

 この本は財産を動かす側を対象に書かれていますが、受け取りたいNPOの側からこれを検証すると、うまく両者がかみ合う提案ができるのかもしれません。

 図書館が6時に閉まり、センターの外で人波を眺めながら相方と談笑。ラマ1世通り側を見ると、国立競技場の第2競技場(これで正しいのかな?)に明かりが。土曜日はタイ・プレミアリーグです。そこで、通りを渡って、競技場へ。前半の途中から観戦。ホームのバンコク・グリーンは先制むなしく、相手のアフリカ人選手に振り回される展開で、最終的には1-2で敗戦。バンコク・グリーンにいる2人の日本人選手は出番がありませんでした。

 ビブスをつけていないので、マスコミではないと思うのですが、いいカメラを構えてうろうろと写真を撮って歩く人の姿がちらほら。自分の前にしゃがんだ人は、阪神の野球帽を後ろ向きにかぶり、ガンダムのTシャツを着ていました。日本人だったのでしょうか?

 最後はラマ1世通りのテスコ・ロータスにあるMKでタイスキを食べて終了。お昼を食べに出たはずが帰りは9時半。日本のマスメディアではたいへんなことになっているバンコク都心での休日でした。しかし、来週末はこうはいかないでしょうね。嵐の前の静けさ、になるのでしょうか。

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2011年10月20日 (木)

大使館よ。。。。

 在バンコク日本大使館から、タイの水害についてのメールが来ました。久しぶりです。

 最初に下に全部引用しますね。で、あとでコメント。

(引用開始)
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タイ在留邦人の皆様へ
                    【大使館からのお知らせ】
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

タイ北部・中部及びバンコク都における降雨・洪水被害に関する注意喚起
           (2011年10月19日現在)

1.降雨・洪水被害に関する注意喚起については、累次「大使館からのお知らせ」におきまして発出しているとおりです。河川の氾濫及び洪水被害は、アユタヤ県からパトゥンタニ県、ノンタブリー県に及んでおり、チャオプラヤー川下流のバンコク都に向かって拡大しています。

2.19日、スクムパン・バンコク都知事は、ランシット方面から大量の水がバンコクに流れ込む可能性があるので、都内7つの地区の住民に対して所持品を高い場所へ移すよう注意を呼びかけております。
●ノンジョーグ地区(3)
●バンケーン地区(5)
●ミンブリ地区(10)
●ラッカバン地区(11)
●サーイマイ地区(42)
●カンナヤーオ地区(43)
●クローンサムワー地区(46)  *地図については大使館ホーム・ページ参照して下さい。

3.ついては、バンコク中心部においても最新の情報を収集し、バンコク北部からの洪水の広がり状況に警戒するとともに,安全な場所の確保等の安全対策を早めに講じて下さい。 

(以下略、引用終わり)

 ……あのぉ、
1. 前振りはまあいいでしょう。

2. このメール、21時27分に届いています。ちなみにバンコク都知事の発表はTAN News Network(タイの英語メディア)のツイッターだと今(22時17分)の10時間前だから、、、遅くともお昼頃。遅すぎない?

3. 「最新の情報を収集し」「安全な場所の確保等の安全対策を早めに講じる」って、これ個人でやろうとすると、かなり大変ですよ。まず英語・タイ語ができないとつらい。自分みたいに、タイ人と結婚していたらまた違いますが、家族で駐在されている方とかで、昼間ご主人が仕事に出てます、みたいな場合は情報から孤立しますよね。

 特に最後の「安全な場所の確保」って、どうやってやるんですか? パタヤのホテルを早く予約してね、とかそういうこと? どういうところが安全と見なせるかについて、客観的な情報があると、全く違うように思います。

 アメリカ大使館はツイッターでときどき情報を流しています。@ACSBKKです。「職員による目撃情報」「政府発表」「工業団地近郊で援助が必要な人のための電話番号一覧」「交通情報」などですね。ウェブサイトにも、何を用意しておきましょうとか。

 実は日本もジェトロが頑張って情報を流しています。もっと日本大使館にも頑張ってもらいたいものです。

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2011年10月 9日 (日)

洪水

 日本ではようやくアユタヤの日系企業に被害が出るに及び、多少の報道がなされるようになりましたが、タイは、北部・東北部から始まった水害が、川を伝って中部下流域まで下ろうとしています。

 まあ、震災時には、タイからの支援を感謝するような書き込みも多く見られ、とくにネトウヨ諸氏は、中国や韓国を揶揄するのにも比較対象として用いていたのが記憶に新しいところですが、全然、この事態に何かを、という声が上がりません(上がってるのかな?)。もう忘れたんでしょうね。

 普段、「マスゴミ」などと景気よく叩いている諸氏も、所詮、ネットにあふれたマスコミ情報以上の情報収集力も意欲もないということなのかもしれません。あるいは、韓国をたたければそれで気持ちよし、ということなんでしょうか。

 私自身は、ウヨでもサヨでもなく、でも、どっちかというと左っぽいのかなあ、と思っています。ウヨであれサヨであれ、どちらもたいてい、結局安っぽいプチナショナリストであることを認識させられて以来、そうした議論にはいささか食傷気味であります。

 そんなことはさておき、私は今、バンコク都心部にアパートを借りて住んでいます。5階なので、洪水になっても水が入ってくることはないわけで、そういう意味では心配していません。

 もうひとつ家があって、これはバンコクの北にあるノンタブリ県というところにあります。連れ合いの親の名義になっている持ち家。ちょっと郊外にあって、以前はそこに連れあいが住んでいたのですが、今は週末を過ごす場所として使っています。他にもいとこ(正確に言うと親がいとこ同士。はとこ?)が住んでいたり、田舎から親戚等々出てくるときの宿としても活用されています。長屋?みたいな感じです。1つの区画を5~6軒ぐらい同じ間取りで区切って売り出しています。

Sam_0009

 水はすでにアユタヤを過ぎ、パトゥムタニまで来ているそうです。この家のあるノンタブリ県はバンコクとパトゥムタニの間。この家の周辺は大雨が降ると、普段から冠水します。しかし、この数日、水の引きが明らかに遅い。周辺のどぶ川も一杯一杯だし、ジェーンワッタナー通りも膝ぐらいまで水が。まだ洪水は来ていないといいながら、実際には影響が出始めているのでしょうか。

Sam_0007_2 低い道路はごらんの通り。膝上です。

 まあ、予報では、木曜か金曜がやまだとか、バンコク冠水の確率は60%だとかいろいろといわれておりますので、食料の買い込みも含めて、準備を進めた方がいいでしょうね。こっちの家は、今週はもう戻らないので、来週、水没していないことを祈るだけです。

 今日は、この郊外のおうちの1階にある物をとにかく2階に運び上げ続けました。本、衣類、PC、家電、雑貨、、、ああ疲れた。おかげで大掃除が済みました。

 ゴミ屋さんも通りかかったので、紙ゴミ、ペットボトル、瓶、金属類などを売って50バーツをゲット。いとこと相方と3人でソムタムプー(カニのソムタム)とガイヤーン(焼き鳥)、カオニャオ(餅米)を買ってお昼にしました。60バーツぐらいかな?ほぼ、ゴミの売り上げと見合ってラッキーな気分です。

 隣の家は、娘がインドネシア人と国際結婚をして、孫と3世代同居していたのですが、先週、インドネシアに娘夫婦が引っ越し。孫もインドネシアに行ってしまいました。残されたおもちゃ類をゴミ屋さんに売っていましたが、20バーツ。老夫婦は、「買ってあげたときは全部で1万バーツぐらいしたんだけど」と苦笑い。

 お孫さんは現地でインターナショナルスクールに通うそうですから、数年後には英語ぺらぺらの中学生となって戻ってくるのでしょう。

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2011年9月27日 (火)

そろそろお引っ越しかなあ?

 ニフティさんとはワープロ通信の頃からのおつき合いです。

 富士通のワープロを使っていた関係から、接続ソフト入りのフロッピーが付いていたような記憶があります。親指シフトだったんですね。
 Win3.1のころは、Avalonを本屋さんで買って、自動巡回させていました。障害に関するフォーラムや翻訳者の集まりのフォーラムなど、いっぱい勉強させてもらいました。

 その後、Win95からブラウザーを使い始め、「インターネット」なるものへと入り込んでいきます。
 
 やがて自分のアカウントは仕事メインになり、個人用のアカウントを得るためにインフォウェブに入ったら、何時の間にやらインフォウェブはニフティと完全に一体となり、今はインフォウェブ時代のアカウントを引きずっています。

  海外に引っ越しても、ブログやメアドを動かすのが億劫だったこともあり、1年半経った現在でも、ニフティのままです。

 こうやってみると、自分のニフティへの「帰属意識」は金額やサービスなどの合理的な判断からというより、むしろ、「閉じたネットワークの頃からのご縁」から生み出されていたような気がします。周囲を見ていると、ニフティの人は少ないので、合理的に考えると、他の会社の方が良いサービスを提供しているのかもしれません。

 さて、ここからが本題。ニフティの登録情報を変更しました。ずっと国内の友人宅を連絡先にしていたのですが、どうやら日本に帰らなくなりそうなので、海外の住所に移したのです。それは簡単に終わったのですが、支払い方法を変えようとしたときに、はたと詰まってしまったのです。

 「日本国内で発行されたクレジットカードに限ります」

 もちろん、現在は日本国内で発行されたカードを使っています。ですが、このカードは日本国内の銀行口座とリンクしています。当たり前ですが。今は、日本の銀行口座には十分な残高がありますが、将来、日本国内で収入を得る見込みが少ないので、できればこっちで発行したカードに切り替えたい。そう思っていたのですが、どうやらだめなようです。

 となると、考えられるのは「ブログ・メアドのお引っ越し」ぐらいしかありません。手間暇もめんどくさいのですが、上に書いたように、自分のネット史を振り返るに、大きなターニングポイントになるような気が勝手にしています。

 どこか、お勧めの会社があれば教えてください。

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