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2011年6月15日 (水)

電気代1000円アップとは

 家計的には年12000円のアップだから、大きいっちゃ大きいけど、でも、「原発は経済効率が良い」と喧伝するほどの差もないような気がする試算です。「原発やめます代」は月1000円です、と言えば、今のご時世、決して反対されないように思いますが。

 それに、各世帯の省エネ努力で世帯あたりの電力消費そのものが減ったり、電力会社そのもののリストラで減らせる経費もあるでしょうし。

 要は、この試算は、「燃料代上昇を世帯の平均的な使用量に当てはめました」というものであって、「電気代がいくらになります」という試算ではないのです。こういう恣意的な書きぶり(「家庭の電気代1000円アップ」というタイトル)を見ると、読売はじめ日本のマスコミにはうんざり。
 

(引用)

家庭の電気代1000円アップ…全原発停止なら

エネ研試算

 経済産業省所管の日本エネルギー経済研究所は13日、すべての原子力発電所が運転停止し、火力発電所で発電を代行した場合、液化天然ガス(LNG)や石炭など燃料調達費が増えるため、2012年度の毎月の標準家庭の電気料金が平均で1049円上昇し、6812円になるとの試算を発表した。

 試算は、燃料の単価や為替の変動に応じて電気料金を上下する燃料費調整制度を考慮せず、電力会社が料金の抜本改定を実施しないことを前提としている。世界的に燃料の需給が逼迫したりすれば、電気料金が更に上昇する可能性もある。

 今年4月のLNGの輸入価格などを基にすると、12年度の火力発電の燃料調達費は10年度より3兆4730億円増加するという。電気料金に転嫁すると、1キロ・ワット時あたり3・7円の値上げになる。

(2011年6月14日 読売新聞)

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2011年6月 6日 (月)

ベトナム、中国、アメリカ

 時の流れを感じるよね。ホント。米軍を歓迎するベトナム。。。

 数年前、来日したベトナム政府の人を案内したときに、日本のちょっと年配の方が、「ベトナム戦争の時は、連帯して反戦運動をしたんです」と言って歩み寄ってきたのですが、ベトナム政府の役人の方がキョトンとしていました。ベトナムが戦争後、特にドイモイ後、ダイナミックに変動しているのが視覚的に分かったような感じがして、おもしろかったです。

(以下、引用)

 【シンガポール時事】ベトナムのグエン・チー・ビン国防次官は5日、アジア安全保障会議出席に合わせシンガポールで記者会見し「主権の尊重を前提に、(東南アジアにおける)米軍のプレゼンス(存在)を歓迎する」と表明した。ゲーツ米国防長官が同会議での演説で、東南アジアでの米軍強化の方針を明示したのを受けた発言。
 ベトナム戦争を戦った米軍の存在を容認する姿勢をベトナムが示した背景には、南シナ海進出を強める中国への対抗心があることは明らか。南シナ海をめぐる中国と東南アジアの一部諸国との摩擦は、米軍を巻き込んで激しさを増しそうだ。(2011/06/05-19:29)

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総選挙前、与野党共に反原発で足並み

といっても、タイの話です。

 7月3日の投票日を前に、原発導入を凍結する方針を打ち出した与党に対し、第1野党も原発導入反対を鮮明にしました。

 原発の是非云々以前に、自国で管理できない技術は入れちゃいかんよ。どう見たって、無理がある。先端技術者は海外から入れられても、労働者は入れられない。ベトナムも早く目覚めないと。よりによってロシアと日本ね。。。。

(以下、引用)

 【バンコク共同】7月3日のタイ総選挙を前に、アピシット首相率いる与党民主党と、タクシン元首相派の最大野党タイ貢献党の双方が、5日にバンコクで開かれた環境フォーラムで原発建設計画を見直す「反原発」の立場を表明した。6日付の地元英字紙バンコク・ポストが報じた。

 タイ政府は2020年から25年までに原子炉5基の建設を計画していたが、福島第1原発事故を受け、アピシット首相は既に見直しを示唆。原発建設に反対する動きが国内で広がる中、タイ貢献党も反原発政策を掲げたことで、選挙後どちらが政権を取っても原発導入に歯止めがかかるのは必至とみられる。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の中で現在、原発を稼働させている国はないが、ベトナムが計4基を日本とロシアに発注することを既に決定している。

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2011年6月 2日 (木)

NHK国会中継視聴中

 ネットの国会中継を見ようと思ったら、サーバーが満杯のようでつながりません。KeyholeTVでNHKを見ています。「観る」というか、こっちもサーバー満杯で、映像が映らない。。。。音声だけで楽しんでいます。

 大島さんの演説(不信任案の趣旨説明)は個人攻撃。総理の資質の一点に絞り込んで不信任案提出ということなのでしょうか。最初は勢いがよかったけれど、途中からしんどくなってきました。声はなかなかよい。

 さて、次は、反対討論ですね。誰だろう。山井さんの声? 正論ちゃ正論ですよね。ただ、それがうまくいっていないでしょ、というのが不信任案の理由だから、まあすれちがい。「権力闘争」の指摘は、提出した野党ではなくて、与党内に向けられています。たぶん。

 年末まで切れ目なく国会を開く通年国会の提案は一理あるけど、この場面で出されると、うさんくさいですね。山井さんがどうこうではなくて、「一事不再議」の原則でこの会期中、二度と不信任案が出せなくなるんじゃないかな。年末まで、だと二次補正だけじゃなくて、次年度予算編成までかかりますね。

 賛成討論は自民は石原さん。大島さんの演説の方が伝わってくる。っていうか、浜岡原発停止を闇雲に批判するのは逆効果だと思うけど。中部電力も停電いらないって言っているじゃない。あと、何があってもヒットラーにたとえちゃいかんよ。自分のお父さんだって独裁者扱いされるときもあるじゃない。

 続けて公明党。演説と言うよりもアナウンサーみたい。原稿を読んでます、という感じ。マニフェスト反故も不信任の理由なんですね。この辺が自民との違いの強調か。

 みんなの党も賛成討論。原発対応のまずさ一点勝負っぽい。党首のメルトダウンに関する質問を言下に否定されたところから、議論を展開しています。「アジェンダ」とかわざわざ挿入しなければいいのに。嫌らしく聞こえます。

 共産・社民は棄権か。

 小沢グループは自主投票へ。政治の世界は怖いね。よくわからん。こういうのは勝ち馬にどっと乗るから。あ、否決されましたね。あとはどれくらい差が開くか。大差ですね。小沢さんは欠席?棄権?

 でも、「辞める」といったん口にしちゃうと、政治家って、それまでです。菅さんの代議士会での「若い世代に云々」というのも、小沢封じ以上のメッセージのない、うち向きな発言にしか聞こえてこないのが悲しいです。

 国は、とっととやることをやる。それだけでいいんです。被災者自身なり、被災自治体がせっせと復興に励めるように、制度を修正させて、必要な法律を作って、予算を充てる。これ以上できることは本来ない。プランは本来は自治体から出てくるべき。国は大きな行司役か調整役に徹すればいい。本当に今取りざたされている復興機関がそのために必要なのか。

 とにかく、復興を東京の政争のカードにしちゃいかん。東京ですべてをコントロールしようとするからスピード感がでない。与党も野党もその部分については間違えておるように思う。

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2011年6月 1日 (水)

英語は付加価値じゃなくて負荷価値

 「英語ができますね」というのが「付加価値として役に立つ」というのは、どの辺までなのでしょうか?

 タイでもそうですが、たとえば、タクシードライバーとかウェイターさんとかなら、欧米人のチップを期待できるかも知れません。周りに英語のできる人のいない職種であれば、英語ができる、というのは(その程度はともかく)、付加価値として通用するでしょう。

 しかし、ある一定のところまで来れば、付加価値ではなくなるのだろうと思います。もちろん英語ができることで重宝されることは間違いないし、「英語を生かして働いている」という表現に間違いはないと思うのですが、周囲に英語ができる人が増えてくれば増えてくるほど、相対的な価値は減じていきます。

 むしろ、ネイティブから見て表現が変だった、とか、聞き取りが悪くて議論に乗れない、とか、他のアジア人の同僚の方が会話がうまい、とか、日々劣等感にさいなまれ、それを乗り越えるための予習・復習に追われることの方が多くなってきます。そうなると、英語は付加価値どころか「負荷」以外の何物でもなくなってきます。

 そうすると、たとえば、日本人たる自分がなぜ海外で働いているのか、を考えざるを得ません。日本にいた頃は、少なくとも自分の業種は、英語ができる人が周囲に多くはなかったから、英語がこの程度のレベルでも付加価値として実感できたわけです。タイに移ってすぐに、結局自分の付加価値はどこにあるのか、それを改めて見つめ直すことになりました。

 この間、サイトが見あたらないのですが(たぶんダイアモンドオンラインか、日経BPオンラインか)、日本語ができるということが付加価値、という記事を見つけました。これを読んで、大学院の先輩が以前、「途上国の人は日本の体験を知りたがっているのだから、日本のことをきちんと知っておくべき」と言っていたのを思い出しました。

 よく、国際機関に勤めたいから、何を学べばいいか、というのをサイトやミクシーなどで見かけます。国際機関がおもしろいところかどうかは別にして、おそらく学ぶべきは国際関係学とかではないでしょう。たとえば、IAEAは国際関係学修士ではなくて、原子力の専門家がほしいでしょう。

 PKO活動だと何でしょう? 実はPKOでも、広報関係の求人があったりします。そうすると、メディア戦略に関する知識やジャーナリズムの方が大切かも知れません。社会保障なら、自治体能力強化も課題の一つです。法律をどうやって自治体レベルで運用するか、という知識と経験は途上国に必要なもののひとつです。

 結局そうした知識・経験が「付加価値」として通用するわけです。日本語を母語とする以上、英語は付加価値たり得ず、結局どこまで行っても負荷でしかないわけです。いいわけがましくなりますが、私の英語は、それだけでいえば、「なにしに海外来たの?」レベルなのですが(特に聞き取りがあまりにひどくて)、何とか働けているのは、その辺の付加価値をうまく売り込めているからかな、と気づき始めました。

 あと、大切なのは「英語が下手で」と謙遜しないことだと思います。そんなの見れば分かるんだし、向こうも別に期待してないし、むしろ「仕事できないことのいいわけ」にしか見られないんですから。これを言った瞬間に相手されなくなる、ぐらいの緊張感はあっていいでしょう。仕事は付加価値でカバーする、とにかく相手に「聞きたい」と思わせることが大切なのかな、と最近思っています。

 といいつつ、英語力の足りなさに劣等感ひしひし、の毎日だったりします。

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