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2011年3月22日 (火)

タイで1年経ちました

 行徳のアパートを掃除もそこそこにばたばたと引き払い、運賃けちって両手に荷物を抱えながら船橋で京成特急に乗り換え、成田空港で鍵を次の人に郵送し、携帯を解約し、夜のデルタ航空に走るようにして乗り込んでからちょうど1年が経ちました。

 あのときには、仕事がこんなに迷走(笑)するとか、震災が日本で起こるとか、ずっとタイに住むことになりそうだとか、そんなことは何一つ予想できませんでした。ただ1つ当たったのは、自分が40歳でタイにいる、ということぐらい。

 昨日から今日にかけて、出張中の上司や同僚から、「1周年おめでとう」の電話が。みんなよく覚えていてくれて、うれしいです。

 タイ語もまだまだだし、研究は「け」の字もできていないし、仕事も迷走中だし、貯金もそんなにないけれど、タイや日本のみんなに支えられて一年を過ごすことができました。特に、相方(まさか相方になろうとは思ってもみませんでしたが)には、本当に、本当に感謝しています。ありがとう(ってこのサイトは読まないと思うが)。

 2年目に入りますが、あせらず、自分の速さでしっかりと生きていきたいと思っています。

 これからもよろしくお願いします。

Dscf2564_2先日、シーサケート県の村に行きました。

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震災から10日

 ちょうど地震のあった日の朝は「坂上二郎の追悼でもブログに載せようかな」とかぼんやり考えつつ、仕事をしていました。日本の人とメールをやりとりしているうちに、「かなり大きな地震がありました。お母さんに連絡を取った方がいいですよ」というメールをもらい、あわてて、KeyholeTVでNHKラジオを付けました。

 それからの1週間、タイでも連日、紙面もテレビもトップで地震を報じ続けました。チャリティーオークションなんかも開かれ、相当な額が集まったと聞いています。タイ政府の反応もとても早く、プーケットの津波の時に真っ先に駆けつけたのは日本だといろんな人から聞かされました。

 しかし、じきに、連日流されるネットやTV、新聞での画像・動画に精神的な疲れを覚えてきました。マスコミ報道ばかり見ているとPTSDになりそう、というつぶやきもありましたが、遠く離れたタイにいながらにして、まさにそんな状態でした。

 気づけば、仕事もそこそこにネットにかじりついている自分がいました。もともとあった吐き気、頭痛もひどくなったので、タイマッサージに行ってみると、「日本人? 津波大丈夫だった?」とみんな口々に。ありがたいのですが、どこに行っても忘れさせてくれません。一日、ネットを切って、仕事をしてみたりもしましたが、どうもそれだけでは気分が変わらないようです。

 なぜだろう、と考えたときに、ふと至ったのが、「役割がない」ことでした。そう。連日メールには、日本の前の同僚たちが動き回っている様子や被災地の障害者の様子などが入ってきていて、何もできていない自分が辛く感じられたのです。かといって、「現地に入ってやるぜ」というほど、子どもでもなく、だからといって、多額の寄付ができるわけでもなく、ついついふさぎ込んでいました。

 被災地でもないくせにふさぎ込むのも、ばからしいといえばばからしいのですが、「役割がない」「ただ見ているだけ」というのが、こんなに人の精神状態に影響を与えるのか、と今更ながら痛感した次第です。

 で、先週末から、私の元の職場の仲間たちが立ち上げている『東北関東大震災(東北地方太平洋沖地震)障害者救援本部』の英語情報のお手伝いを始めました。うちの上司も、「こういう時は互いに助け合うべき」とのことで、快諾してくれました。息長く、日本のお手伝いを遠くからできる範囲でできればいいのかな、と思っています。

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2011年3月10日 (木)

ごあいさつver2011.3.9

 自分の内部の世界のすみからすみまでを照らし尽くすような気がしても、外の世界とちょっとでも接触する所には、もう無際限な永遠の闇が始まる

―寺田寅彦「球根」(『寺田寅彦随筆集 第1巻』岩波文庫所収)

 タイに移ってほぼ1年。異文化と接触し、永遠の闇を自覚する中で、己の世界すら、照らすことができていないことにも気づかされる毎日です。

 なるべく「タイ嫁もの」にならないように、幅広く日常生活で気づいたことを書いていきたいと思います。

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2011年3月 5日 (土)

卒業おめでとう!

 タイも、今頃が卒業シーズン。予備校とかも春期(夏期?)講習で、最寄り駅は連日ハイソげな子どもたちで賑わいます。

 私の職場のインターン、ディオウさんも、大学を無事に卒業しました。木曜日は、職場のみんなで大学に行って、卒業式後の写真撮影です。

Deaw_graduation 職場のみんなと。右から2番目がディオウ。

 この日は午前中やたら暑くて、彼はスーツの上からガウンを着ていたので、死ぬような暑さだったろうな、と思わず同情したくなります。でも、彼は暑さを気にする様子もなく、緊張とうれしさの入り交じった顔を終始していました。

 彼はほとんど英語をしゃべれない(最近だいぶしゃべるようになってきましたが)ので、私のタイ語のよき練習相手になってもらっています。発音がちゃんとしないと通じないので、タイ語学校で学んだフレーズとかを口で言って、理解できるかどうか腕試しにはちょうどよいです。

 そういえば、先週、40個の単語を覚えろと言われ、それっきりになっているなあ。お互いルーズな性格なのが災いしているというか、何というか。

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2011年3月 2日 (水)

さくらとわさび

 先週かな? 出先から戻ると、

「わさび、わさび」

と耳に入ってきます。みんなそんなにわさび好きだっけ? と聞き流していたのですが、どうやら自分のことらしい。

 なんで???

 タイでは、本名の他に、呼び名(チューレン)があって、普段はチューレンで呼び合います。自分も、2ヶ月ぐらいしたところで、隣の席のファーイ(これもチューレン。本名は長い)に作ってもらいました。これがあるだけで、職場の雰囲気というか、自分の受け止められ方はだいぶ変わりました。

 恋人同士は、これとは別にそれ専用のチューレンがあるのだとか。私がいない間に、相方に「そういうチューレンはないのか」と聞いたらしく、当然、そんなのないから「ない」と答えたところ、「じゃあ、作ってあげる」ということになったそうです。

 再びファーイによって勝手に作られたのが「さくら」と「わさび」。。。。。。センスねえ。っていうか、それで呼び合うこと絶対ないし。。。ちなみに、相方はわさびはだめだそうです。

 最年長のパラドンさんは「結婚は最初はさくらのように甘く、やがてわさびになる」と、おっしゃっています。誰がうまいこと言えといった^^

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こりゃ、てえへんだ。

こんなサイトを発見しました。

http://sawasdee-thailand.sdlic.com/sirimongkhon.html

こんなところで結婚する日本人も珍しかろうと思ったが、日本人って、どこにでもいるのね。

でも、大変そう。。。幸多かれ、と言ったところでしょうか。

(追記)外人さんも結構いらっしゃるようで

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