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2009年10月26日 (月)

別に介護職でもいいじゃないかと思うのだが

 ウェブ上のいろんな人の日記を見ていると、のりピーの今日の法廷での発言は概ね評判が悪い。翻ってうちの職場では、「あ、だったらうち来ないかな」とかお気楽な発言が2,3続いていたが。

 たしかに裁判戦術としてみれば、「ありきたりで、なんだかなぁ」という気もせんではない。でも、本当に介護職として働けるようになるのであれば、それはそれでよいはず。どのみち何もせずに生きていくわけにはいかないんだし。

 反発する人の意見はざっと見たところ

  • 介護(職)を舐めるな
  • 「弱者」をダシにするな

という2つに概ね集約されるように思われる。のりピーがどうこう、ということでみんな書いているのだけれど、結局のところ「介護」「高齢者・障害者」を普段どう捉えているかが反映されているようでおもしろい。

 前者については、(匿名性の強いネットでは本当のところはよく分からないが)介護に携わっている人からの声が多いように感じる。しかし、元芸能人には介護職はできないという理由としては説得力に乏しい。確かに、きついし、給与も低いし、離職率も高い。「人への優しさ」のイメージが全く通用しない、現場の苦しみが多々あるのも事実である。「薬物依存をまずどうにかしろ」というのも一理ある。

 しかし、介護職は「聖職」じゃない。自分の職業にプライドを持つのは結構なことだが、「お前なんかには無理」という態度がむき出しになるのを見ると、閉鎖的な業界だなぁと思う。そもそも介護自体が「簡単にできる」と思われ、介護職が看護師などの医療関係職よりも低く見られてきていたことから、業界全体としても自己防衛的な空気が強くなりやすいのかもしれない。とはいえ、書き込みを見ていると、チト悲しくなる。そんなに叩きまくらんといかんかね。自分の専門性へプライドがあるのなら、もっと違う表現の仕方もあろうと思うが。

 あと、「こころざし」のことを問題にする日記もあった。でも、利用者さんからすれば、介護業界に入ってきた理由や動機、こころざしよりも、今、きちんとしてくれているかどうかの方がはるかに大切なのでは? 働いている途中の気づきよりも、最初のこころざしとかの「尊さ」が、その人の専門性の評価といつまでも密接にリンクし続けるのもこの業界の特徴かも知れない。みんながみんなそうではないけれど。 

 後者については、残念ながら当の障害者、高齢者からと思われる書き込みはあまり発見できなかった(ひょっとしたら結構あるのかも知れないが)。だから、おそらく一般人から見たのりピーの法廷戦術への嫌悪感が示された結果かなと思う。

 しかし、少し気になるのは、福祉という業界そのものがそもそも高齢者や障害者がいないと成立しない業界である点である。誤解を恐れず言えば、高齢者・障害者を「弱者」と一方的に規定して、「専門的なケア」を一方的に唱道することで、この業界は伸びてきたと言える(利用者主体が叫ばれるのは決して古い話ではない)。ではなぜ、専門家が高齢者・障害者を囲い込むと「よいこと」で、のりピーが介護したいと発言すれば「あざとい」のか。のりピーの発言が軽率かどうかは別にして(時が経てば発言の結果は判断できる)、少し考えてみる価値はあるように思う。

 まぁ、いずれにせよ起訴事実は全く争っていないわけだし、まずはきちんと罪を償ってくださいませ。話はそれから。

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