« 星新一よ、さやうなら | トップページ | 富田靖子結婚と出産 »

2008年12月16日 (火)

アンドリュー・ワイエスお久しぶり

 中学時代の国語の先生が、「人は感動すると立ち止まる」としきりに言っていた。それからほぼ四半世紀、確かに何度かそうした場面に出くわした。アンドリュー・ワイエスもその一つ。

 学生時代、銀座セゾン(もうないですね)にアンドリュー・ワイエス展をたまたま見た。なぜワイエスだったのかは覚えていない。おぼろげな記憶では、一人で行ったはず。友だちとか彼女とか、そんなのでもなかった。ただ、絵の前で立ちつくしていたのを覚えている。

 そのときのタイトルは「ワイエス展―ヘルガ」。ワイエスの隣人であり、15年間にわたって描き続けたモデル、ヘルガ・テストーフを描いた作品ばかりを並べた展覧会であった。ヘルガはとても美しく、ワイエスの筆致にただ圧倒されていた。

 今回の展示では、ヘルガは1点のみ(ページボーイ)。オルソン家を描いた諸作品を中心に、若かりし頃の自画像なども展示されていた。完成された作品にも圧倒されたが、今回、深く考えさせられたのは一緒に展示されていた習作の数々だった。

 観る側(自分)もおそらく変わったのだろう。最終的な作品よりも、そこに至るプロセスの方に興味がわいた。最初は鉛筆、そして水彩で何枚も習作を行う。時には、作品よりも大きな習作もある。そして最終的な作品では、習作で描かれた要素のうち、使われるものもあれば使われないものもある。その取捨選択の時、作者は何を考えるのだろうか。習作を重ねることで、絵は重厚なものとなり、ひとつひとつのパーツに命が吹き込まれていく。

 ふと、論文の書き方を思い出した。手元に指導教官のレジメがある。曰く「構想をしっかり持つ。絶えず修正、改善していく。常時、ノートを作る。時々「部品」を作る。最後は最新構想に基づいて部品を組み立て、必要なら追加研究をする。出来上がった論文の質を点検してみる」

 なるほど、通じるものがあるのかもしれない。

 会場内でやっていたインタビュービデオで、91歳のワイエスは「想像力がかき立てられたらすぐに行動する。外に出る」と言っていた。そうやって今でも常時ノートを作り、構想を練っているのだろう。

Wyeth 今回のチケット。「火打ち石」です。

Wyeth2こっちは1990年「ヘルガ」の時のチケット。学生時代は物持ちがよかった。

|

« 星新一よ、さやうなら | トップページ | 富田靖子結婚と出産 »

「今日の出来事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/135533/43440306

この記事へのトラックバック一覧です: アンドリュー・ワイエスお久しぶり:

« 星新一よ、さやうなら | トップページ | 富田靖子結婚と出産 »