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2007年10月31日 (水)

トラックバック考

 どうも、トラックバックといい、コメントといい、宣伝目的やいたずら(?)目的のものがやたら多い。別に自分のブログに限らず、どこでもそう。なんとか2.0などともてはやしているが、ウェブ上の双方向コミュニケーションが本当に役に立つようになるのはまだまだ先のような気がする。

 自動的にキーワードを拾って大量にトラバを貼り付けるようなソフトがあるようだ。ブロックできるような仕組みはできないものだろうか。

 先日、茶毒蛾について書いたら、なぜか青○さやか(これちゃんと書くと、またトラバを呼び込みそうで)の結婚記事やアイコラネタのトラックバックが何件かついた。「??」と思ったが、どうやら「ドクガ」が引っかかったようだ。この場合、「毒牙」が正解だと思うのだが…。いずれにしても当人に失礼な話ではある。

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2007年10月29日 (月)

金麦

たまにはおうちで飲みますか。

Suntorykinmugi サントリー金麦

第3のビールというやつです。サントリーにしては(そして第3のビールにしては)案外おいしい。麦をたっぷり使って、味を柔らかくしてある、ということのようだが、その正体は。。。

原材料:発泡酒・スピリッツ(小麦)・炭酸ガス含有

つまり、発泡酒に蒸留酒を混ぜ込んで、炭酸を充填したっていうことか。

ん? これって、韓国の「爆弾酒」と一緒では??? 

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2007年10月27日 (土)

「普通」をちと真面目に考える

 今週は立て続けに大学時代の友だちにお酒がてら会った。一人は臨床心理士、もう一人は保育士さんとして、人と向き合う仕事をしている。二人とも別々の話をしたのだけれど、振り返るとどうやら「普通」がキーワードだったようだ。

 彼ら自身は(自分から見て)決して普通でも何でもない、山あり谷ありの人生を歩んでいる曲者である(向こうからこっちを見ても同じことを言うかも)。ただ、彼らは人と向き合って仕事をしているときは、「当たり前の環境」を相手に提示することに腐心している。自分とはそこが違うかもしれない。彼らは「普通」ということを強烈に意識しているように感じた。

 自分の仕事柄、「普通がいい」と言われると割と無条件に反発する。「普通」ってなんじゃ、違っとってもええやないか、と。おそらく二人以外の人から「普通」の話を言われるとそこで耳を塞いだかも知れない。二人を知っているから、納得がいく話ができた。それはよかった。

 ところで、「普通」には2つあるように思う。たいていゴッチャに使われているが、「普通」というのは「何か決まった状態にある人」(たとえば病気がないとかいった、早寝早起きするとか個人に属する『普通』)と、「何か決まった規範がある社会」(玄関で靴を脱ぐとかいうレベルでもいいと思うが)の2つがある。んで、一般的には「普通であることはいいことだ」と言われる。「普通の人」の意味であれ、「普通の社会」であれ。

 しかし、普通なんて怪しいもの。江戸時代の普通と今の普通は違う。日本の普通と外国の普通も違う。「郷に入れば郷に従え」というのも結局「郷」によって「普通」が異なるから出てきた言葉。それなのに、「普通」にどれだけ近いかを皆競い合う。

 自分の商売は、「社会的排除」を常に意識するので、「普通」って聞くと「普通じゃない人を追い出す理屈」と捉えてしまう。しかし、そうやって肩肘張って生きていても、どんな生き方をしても「普通」というものを意識しないで生きていくことはできない。「普通に生きる」ってどういうことなんだろう。

 「普通」の状態からの距離をみんなで競い合っている社会も、遠くから見てみると案外むなしい。「普通でありたい」という願望に執着して、でも、それでストレスだけを蓄えて、それでも「私は普通」を主張する悲しさ。結局のところ、「普通」の概念を広げて考えられる世の中にしていかないと、生きづらいということだろうか。うーん。わからんくなった。でも、たまには肩の力を抜かないとね。犯罪しない程度で悪くなってさ。

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茶毒蛾

茶毒蛾というものがあるのを最近初めて知った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%89%E3%82%AF%E3%82%AC

飲み屋で友達と話をしていて、「チャドクガコワイヨ」って聞いたとき、一瞬聞き取れなかった。何か難しい虫の学術名かと思えば、漢字を当てはめればなんてことはない。ドクガ科という「科」があること自体知らなかった。というか、毒のない蛾って「蝶」とは違うのか?

上のウィキを読むと、どうやら小さいときから「蛾に刺されるから気をつけなさい」といわれ続けていた「蛾」を指すようだ。友人曰く、お茶はこれを避けるために農薬を大量に使っているとのこと。これを聞いて以来(といっても2~3日だが)、緑茶を飲むのをためらっている。

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2007年10月15日 (月)

好きな言葉

座右の銘、とでもいうのでしょうか。そんな言葉がいくつかあります。って、いくつかあったら座右に置けない気もしますが。

一つが、「精神一到、何事不成」(精神一到何事か成らざらん)。

中学の時、塾の英語の時間にWhere there is a will, there is a way.という英語の方を先に習って(よく『日本のことわざに直せ』とかそういう問題ありますよね)覚えました。何となく高校受験前でしっくりきたのかもしれません。朱子の言葉だそうですから、「日本のことわざ」ではありません。1200年代ですから日本では鎌倉時代ですね。

「精神一到」と言いますが、普段から努力が蓄積されていないと、いくらその場で力んでみせても何事も成りませんから、この言葉の意味するところはもっと深いと思います。「土壇場の追い込み」や「火事場のくそ力」とはそういう意味では違うのでしょう。

今の自分の状態はどっちなんでしょうかね。

もう一つが、"Time travels in divers paces with divers persons"。簡単に訳すと、「時間は人それぞれの人のそれぞれのペースで進む」ということなんですが、これは、シェークスピアの「お気に召すまま」の中のセリフ。

大学時代はちょうどバブル末期でした。留年を2度しましたが、同期はあっという間に就職が決まりました(当時はまだ就職協定なんてものが一応ありましたが)。しかし、1年、2年と留年すると、学生の就職率ががたっと落ちていくのが傍目にわかるのです。ちょうど変わり目だったのでしょう。

そうすると不思議なもので、ハナから就職する気もないのになぜか「時機を逃した」感じがしてくるのです。

1度目の留年は、自分でも学校に行っていないのがわかるだけに「仕方ないな」という感じがしましたが、2回目は想定外でした。卒業論文も通って、大学院も合格していたこともあって、すべてがゼロになった気がしたものです。周りの就職状況も厳しくなり始めていただけに、焦燥感はひとしおです。

そんなとき、たまたま読んでいた「お気に召すまま」にあったこの言葉が目に留まりました。言葉との出会いは、タイミングが大切だと思います。おそらく、何でもないときは何とも思わないのでしょう。現に、勉強のために読んでいるうちは全く気にならなかった言葉でしたから。

「きっとこれが自分にとっての時間の早さなんだ」と、自分の現状を受け止めたのを思い出します。でも、あの時、なんでそんな「教科書」を引っ張り出して読んでいたのだろう。そういうところの記憶はなぜか欠落しています。

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2007年10月13日 (土)

亀田戦

これだけ、片一方に肩入れして見るボクシングは久しぶりだった。

もう、あちらこちらで言われているから、亀田大の反則云々は触れる気もしないけれど、セコンドの父・兄が反則を指示していた件での「いいわけ」(ジムを通して発表)にはびっくり。「亀田スタイル」って何だ? でも、指示と12ラウンドに起きたことが一致している以上、いいわけにならんだろう。

youtubeを開くと、大量にアップされていた昨日の試合の動画はTBSからのクレーム(著作権侵害)でことごとく削除されている。確かに建前上は著作権を主張できるけれど、ここまで必死に削除を求めているのも見ていて哀れなものを感じてしまう。鬼塚の解説も、実況もひどすぎたし。

12ラウンド目があまりにげんなりした(てっきり反則負けにするかと思った)ので、その夜は試合終了後ブックオフに直行し、『はじめの一歩』を10巻分ぐらい一気に読んで、すがすがしい気分にしてから家に戻った。

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